妖精の住む村 矢部村の転校生

エピソード1 遭遇

「おーい、マーちゃん!こんだ、あんたの番ばい!ここまで来てンの!」
(おーい、マーちゃん!今度はお前の番じゃー!ここまで来ーい!)
年長のマルちゃんが、河の中間辺りに顔を覗かせている大岩の上から呼びかける。
他にもただし君やさっちゃん、ただし君の妹の香ちゃんに、マルちゃんの弟のツヨシまで泳いで大岩の上にいる。
こっちの岸には雅則少年と村一番の金槌のたかし君の2人だけとなっていた。
いつもならこれに3~4人の仲間がいるのだが、野球の試合を見に行くとかで隣村に出かけている。

「俺りゃあ、ごげんなんか距離ば泳いだこつぁなか・・。」
(僕、こんなに長い距離泳いだこと無いよ・・。)
雅則少年は今にも泣き出したい気持ちで一杯だった。
決して金槌ではないが、目を開けて泳いだことが無い彼にとって、河の中間までまっすぐ泳ぐのは至難の業に思えたからだ。

「マーちゃんな、まだよかもん。俺りゃあいっちょん泳ぎきらん。」
(マーちゃんはまだいいよ。俺なんか泳げないし・・)
たかし君も隣でもっと困った表情をしている。
いや、彼の場合はもっと深刻かもしれない。
何度もみんなに泳ぎを教えてもらったが、クロールするほどにどんどん沈んでいくのだから、手の打ちようが無い。
珍しい体質の持ち主なのだ。

マーちゃんは隣の友達も今の自分の苦境の助けにはならないと、諦めのため息をつく。

「もうけーろうか?」
(もう、帰ろうか?)
小さくつぶやくマーちゃん。
「何のじゃのう。マルちゃんのおごらすばい・・・」
(駄目だよ。マルちゃんが怒るし・・・)
もうすっかり目に涙を浮かべているたかし君。
あまりに愚図っている彼ら二人に痺れを切らしたマルちゃんが河に飛び込んでこちらへ戻ってきた。

「よかか、泳ぎながら目ば開けとってん、自分がどっつぁん泳ぎよるか判るけん。おりが言うごつしてみてんの。」
(いいか、泳ぎながら目を開けると自分がどっちに泳いでるか判るからな。俺の言うとおりにしてみ。)
そういうとマルちゃんは川面に顔をつけて水中で目を開けてみせる。
自分たちのためにしてくれてるのだ。言われたとおりにしないわけにもいかない。
水中で目を開けるのはかなり抵抗があった。
しかしこの時代の河の水質はかなり良好で、しかも矢部村ほどの上流の村では尚更であった。
恐る恐るマルちゃんの真似をして浅瀬で顔を水に漬け、目を開けてみた。
明るい光が差す河底の風景が飛び込んできた。
どんこや河エビが彼の目の前で、こちらの表情を伺うようにじーっと見つめている。
想像以上に川の水は澄み切っていた。
大岩らしき岩が遠くに見える。
「そげんそげん、そげんか感じ。まーだ深か方さん来てみてんね。」
(そうそう、そんな感じ。もっと深いところまで来てやってみ。)
そう言うとマルちゃんはマーちゃんの両手を取り、どんどん河の深みへ引っ張って行く。
たかし君は岸に残されたまま。
ついにマーちゃんの足が川底に届かなくなり、泳がなければ立っていられなくなった。
マルちゃんは両手を引っ張ったまま、
「おりが引っ張ちゃるけん、そんまま顔ば漬けて泳がんの。目ば開けとかにゃんばい。」
(俺が引っ張ってやるから、そのまま顔を漬けて泳げ。目を開けろよ!)
と言うと立ち泳ぎで彼を引っ張り続ける。
こうしてついにマーちゃんも大岩に泳ぎ着いた。
するとマルちゃんはすぐさま振り返り、また向こう岸へ泳いでいった。
今度はたかし君に同じように指導している。
しかしたかし君は引っ張られる手に、足で踏ん張って抵抗する。
素直に河に入ろうとしないたかし君に困り果てたマルちゃんが、突然何かをひらめいた様子で、たかし君の耳元で何かを囁いた。
すると抵抗していたたかし君は一旦立ち止まり何かを話し始めたが、ほどなくマルちゃんに従うように河に引っ張られて入って行く。

「わあ、すごかー。たかし君も泳ぐとね!大丈夫ね?」
(お、すげー。たかし君泳ぐ気や!大丈夫か?)
マルちゃんの弟のツヨシが言った。

「マルちゃん何んち言うた?」
(マルちゃん何を言ったん?)
ただし君の妹の香ちゃんがマーちゃんを見上げて聞いた。

「おりゃあ、わからん。」
(俺わからんし。)
マーちゃんにも見当がつかない。

そうしてる間にもとうとうたかし君の足が届かないところまで来た。
大岩まではまだ3mはたっぷりある。
たかし君は苦しそうに顎を必死に水面に突き出そうとする。
マルちゃんはそんな彼に

「顔ば漬けて目ば開けてちゃんと泳がんか!さっきおりが言うたとおりせんか!」
(顔を漬けて目を開けて泳ぐんや!!さっき俺の言ったとおりにしろよ!)
そう言うとマーちゃんの時と同様に後ろ向きのまま立ち泳ぎをしながら、たかし君を引っ張る。
たかし君は水中で足をバタつかせ、何度も顔を上げて呼吸を確保しようと必死だ。
こうして少しずつみんなの大岩に近づいてくる彼らの作戦は、いかにも成功したかに見えたが、たかし君の顔が水面より高く突き出る回数が減り、川の水を飲んで苦しそうに咳き込み始めた。
こうなると今までは何とか泳ごうとバタつかせていた足も規則性を失い、ただの溺れる人になった。
さらに苦しさから目の前のマルちゃんに抱きつき、彼ら共々沈み、パニックから今度はマルちゃんの体を下に押して自分だけは水面から顔を出そうと必死にあがいている。

この様子を大岩の上から見ていた子供達は、とんでもない事態になったことにどう対処したら良いのか判らず、ただ『ワァーワァー』叫ぶばかりである。
ついにたかし君の大きな体が沈み始めた時、マーちゃんの体は宙を舞い、河に飛び込んでいた。
体が勝手に動いていた。
水中ではマルちゃんは苦しみながらも完全にパニック状態のたかし君の体を持ち上げようと必死だった。
マーちゃんもすぐに逆さまになって、たかし君の右手首を摑んだ。
2人で持ち上げるつもりだったが、パニックになっている人間の力は恐ろしい。
持ち上げるどころか今度はマーちゃんが深く水中へ引きずり込まれる羽目になった。
さらに暴れるたかし君は沈み行くマーちゃんの顔を踏み台に体を水面に出そうとした。
いくら水中とは言え、顔を踏まれては堪らない。
大きな体の割りに日頃はおとなしいたかし君だが、このような状況では人格は無い。
そして悪いことは続き、今度はたかし君の左足のかかとがマーちゃんの鼻を直撃した。
息苦しさと激痛で意識が遠くなってゆくマーちゃん。
『このまんま死ぬとじゃろか?』
(このまま死ぬのかな?)
遠くなる意識の片隅でそう考えた時、すぐ傍に岩に残っていたほかの子達が飛び込んできた。
その後の記憶はマーちゃんには無いが、薄れ掛ける意識の中で光る腕が彼の右手をつかんだような気がした。

キラキラさんが通る?

「おい!こらっ!生きとるか?返事ばせんか!」
(おい!!おいっ!!生きてるか?返事しろ!)
どこか遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。

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目次

アナタのうちだ!歯科医院物語り

妖精の住む村 矢部村の転校生

時の流れに身を任せ?

キラキラさんが通る?

歴史は繰り返される?

長男誕生!!

青年よ大志を抱け!!

ラーメン王子?院長ラーメン事始