キラキラさんが通る?

新婚さん、いらっしゃ~い!!

徐々に人家の数が減り、クネクネとした山道に入ってもう長い時間が過ぎたように感じた。

「え、まだですか?お義姉さん?」
この質問もすでに3回目である。

「そげん早よは着かんばい。」
(そんなに早くは着きませんよ。)
車窓からは似たような山肌が延々と続くのを見ることしか出来ない。
一山超え、二山超え、といくつか山を越えるたびに同じ質問をしていた。
さすがにこれ以上は嫌がられると思い、閉口し、ただ車に揺られるまま、おなかをさすりながら不安に耐えるほかなさそうであった。

一行がやっと目的の村にたどり着いた時は、辺りは薄暗くなっていた。
容子は今にも泣きたい気持ちになっていた。
『ここで今から暮らしていく?』
不安は募るばかりである。
ましてや身重な体で、思うに任せない状況ではそれも仕方が無いことだった。

容子は新居に荷物を下ろしたものの、亭主は診療所で開業準備のため夜遅くなるとのことだった。
そのため、部屋の片付けは明日の朝からと決め込んで早々に床に就くことにした。
夜中に玄関が開く音を遠くに聞きながらもそのままうとうとしていた。
それから幾分かした時である。
容子の髪に触る者が居る。
隣で寝ている主人が寝返りを打った際に手が触れたのだろうと半分夢の中で納得していた。
が、その感触がどうやら人間の手では無いような気がしてきた。
ハッと目を覚まし、主人を見る。
主人は向こう側へ寝返りを打っているので、到底彼の手が届こうはずも無いことが分かった。
容子の脳裏に戦慄が走る!

「きゃあ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」
夜中の叫び声にさすがに疲れ果て寝入っていた主人も驚き、目を覚ました。
「ど、どうした?!」

「あたま、頭の中に何か居るぅーーーーーーーーーーーー!!」

「え?ええ?」
言うが早いか身重とは思えない素早さで立ち上がり、髪の毛を振り乱しながら、その何者かを必死に振り落とそうと暴れだした。

事態が掴めず右に左に、あたまを振り回しながら暴れる容子をただ見守るしかない主人。

ポトッ。

何かが畳みに落ちた。
決して重たい物ではなさそうだ。
薄暗い部屋の電気を慌ててつけると、物陰に隠れようとする長い生命体。
ムカデだ!!
それもかなり大きい。
15cmはあろうかと思われるそいつを見た容子はもう一度悲鳴を上げた。
今までそれが自分の髪の毛の間を徘徊していたかと思うと気絶しそうだった。

こうして矢部村での容子の生活は悲鳴に始まる羽目となった。

「虫も歓迎に来てくれたんだよ。」
のん気な主人に腹が立つやら、知人の居ない土地での新生活に不安を感じるやらで、引越ししてからしばらく容子の悲鳴と啜り泣きが矢部村では聞かれたようだった。

長男誕生!!

引っ越して半年後の10月にはついに待望の長男を出産した。
元気な男の子だ。
内田家も賑やかになってきた。
相変わらず虫や蛇などの先住民との攻防戦は続いていたが、子供が出来てからはそんなことにいちいち泣き叫ぶ暇も無くなった。

しかしある時、村の真上をジャンボジェット機が轟音を轟かせ飛んで行くのを見た時、どうしようもない寂しさに縛られた。
結婚前は客室乗務員として最前線で活躍していた自分が、今はこの山頂の村の地面に立っていることで、どんどん世間から置いていかれるような気がしたのだ。
「置いて行かないでぇ」と言ったかどうかは定かではないが、筆者が想像するに、そんな心情だったことだろう。

それでも子育てを通じて、村の人からの助けを得て、徐々に交流が開けていき、子供が1歳半を過ぎ、村のお寺の保育園に通うことになると少しはゆとりが生まれた。
町までの買出しに行くために、このチャンスにとばかりに、片道50分はかかる教習所に通い始めた。
そんな苦労も実り何とか合格し念願の免許証を手にした。
車と免許を手に入れた容子が次に考えたのは、歯科助手の資格を取って主人の診療所で少しでも何かの役に立ちたいと言うことであった。
村の人との交流の中で、助けられてばかりでなく自分も何かの役に立ちたいと思ったのはむしろ自然な流れだったのであろう。

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目次

アナタのうちだ!歯科医院物語り

妖精の住む村 矢部村の転校生

時の流れに身を任せ?

キラキラさんが通る?

歴史は繰り返される?

長男誕生!!

青年よ大志を抱け!!

ラーメン王子?院長ラーメン事始