長男誕生!!

うちだ歯科が目指す歯科医療とは

「そういえば、先ほどスタッフさんとお話してる声が聞こえてきましたが、何か問題でも?」

「いえいえ。もっと現状に満足しないで日本一、いや世界一の歯科衛生士を目指してくださいと目標設定を確認してただけですよ。」
いつもニコニコと優しげな笑みを満面にたたえて話す院長先生。
しかし東京時代の恩師から仕込まれた歯科医療に対する姿勢は今も変わらず厳しく守り続けている。

こちらの待合室に書類の受け渡しなどで来た際にも、患者さんも衛生士さんも完全に院長先生を信頼しきっているのがその表情から良く判る。
院長が自身に向ける厳しい態度が、その信頼の源泉なのかもしれないと感じずにはいられない。

その厳しさは時には、ピリリと辛い葉ワサビのようにも見える。

蘇るワサビの記憶

その日、医院から帰宅したご主人は、容子夫人の様子がどことなくいつもより楽しげなのを感じていた。

例のごとく、診療のために一般家庭よりは遅い時間に始まる夕食。
奥方は鼻歌交じりに準備を整える。
矢部村に来て早いもので、3年が過ぎようとしていた早春のことである。

すっかり食卓にはご自慢の手料理が並び終えるころ、主人は先に風呂を浴び、身も心もリラックスして出てきた。
そして食卓を見て思わず、ほぉ~っと小さな感嘆の声を洩らすのであった。
そこは料理好きなご夫人。
ここ最近の流行は、地元の食材を使ったこの村に伝わる伝統食だ。
どうやら本日の機嫌の良さはこれと関連がありそうだった。

色とりどりに並んだ手料理からは、どれも良い匂いがしていた。
ご主人の方も心得たもので、『今日はこの料理に力を入れたんだな。よし、少しオーバーに褒めてみよう。』と考え、めぼしい料理にチラリと目をやる。
いよいよ食事が始まりご主人が件の皿に手を伸ばした時、容子夫人の期待は最高潮に達する・・・はずだが?

「うん!!これは美味しい!!」
目を付けていた料理。
殊更に褒め称えたが、どうも夫人のリアクションが薄い。

「それよりこっちを食べてみてください。」
今度は痺れを切らしたのか、容子夫人の方から葉っぱの煮びたしが入ったドンブリを勧められる。

『何の葉だろうか?』
見たことの無い葉っぱだが、食えないものでは無いだろう。
恐る恐る箸で摘みあげると口に運んでみる。
夫人はニコニコしながらご主人の反応を待っている。
どうやらこっちの料理だったようだ。
しかし既にさっきあれほど大げさに別の料理を褒めてしまったわけで、今更うそ臭くて大げさなことも言いづらくなっていた。

「おー、こっちも美味しいね。」
それでも目一杯の演技力を出動してみせる。
「ほんと?!おいしいでしょ?」
確かにまずくはないが、これといって特筆するほどの物ではない。いわゆる葉っぱの煮びたしだった。
夫人はまだ何かを期待してるかのような素振り。
「来た?」
キラキラと目を輝かせてご主人の顔を覗き込んでいる。
『来た?誰が?どこに?』
何のことだか判らずにいたら、イタズラ盛りの長男がその皿に手を突っ込み、煮びたしをグワシと鷲づかみにした。
そしてそのまま口に運ぼうとした時、容子夫人が絶叫。
「きゃ~!!それは辛いのよ!はい、ポイっして、ポイっ!!」
そう言うと、口まであと数cmと迫っていた小さな握りこぶしを摑むと、半ば無理やり手を開かせ、煮びたしを取り上げた。
さすがに突然の事に驚いた長男は泣き叫ぶ。
ようやく察しが着いた。
『葉わさびのしょうゆ漬けだったのかぁ!しかし、これは全然辛く無いぞぉ。』とは思いながらも、思わず口から出たのは、
「おー!!来た来た!ツーンとキター!!これはおいしいなあ!」
身振りも大きく辛さを演じて見せた。
それを見たご長男も何が起こったのかわからず、驚いて泣き止んでしまった。
一方、容子夫人は満面の笑み。
「ほんと?!じゃあ、それは全部お父さんにあげますね!!」

「え”?」
ドンブリにはまだ沢山の『辛くない葉ワサビの醤油漬け』が残っていた。
「お、あり、ありがとう!!」
今更、容子夫人が自分で食べて嘘がばれるよりはましだった。

この日の食事は煮びたしのおかげで他の皿に手が付けられなかったのは言うまでも無い。

*筆者より
容子夫人の面目のために追記しておきますが、これは今から〇十数年前の新婚当初、矢部村に来て初めて村のご婦人方に『葉わさびの醤油漬け』を教えていただいた時のエピソードです。
現在はバッチリ辛い『葉ワサビの醤油漬け』を作っておられるようです。

ラーメン王子?院長ラーメン事始

久しぶりの休暇、新緑に染まる矢部村を後に、八女の主人の実家へ車を飛ばす内田家。
容子夫人のお腹も誰からみても『妊婦さん』だと判るほどになっていた。
ご長男誕生の4ヶ月前のことである。

「お父さん、そろそろお腹が減りませんか?」
懐妊して以来、『あなた』から『お父さん』と呼び名が変わっている。
「そうだねぇ。どこか良いところは無いかなぁ。」
そう言うと車を走らせながらも辺りを見回す。
車は矢部村と八女の丁度中間ほどに位置する町へさしかかろうとしていた。
ほどなくすると一軒のラーメン屋さんを発見!
元来ラーメン好きなご主人のこと、居ても立っても居られず即決。
ご夫人の選択の余地が無いのは言うまでも無い。

目次

アナタのうちだ!歯科医院物語り

妖精の住む村 矢部村の転校生

時の流れに身を任せ?

キラキラさんが通る?

歴史は繰り返される?

長男誕生!!

青年よ大志を抱け!!

ラーメン王子?院長ラーメン事始